自宅裏は海

皆様、こんにちは。こんばんは。

本日は3月11日です。
14時46分には黙祷を致しました。

今朝の情報番組を見ていて
津波被害があった地域に防波堤を建設している…という話題が出ておりました。

しかし、14メートル(曖昧記憶)の堤防を建設すると
海が見えなくなってしまう…という住民の方の意見が出ていると
紹介されておりました。

是非、今日のブログは津波で被災された方にもご覧いただきたいです。

僕の自宅裏は海です。駿河湾がございます。
東京に住んでいた4年間以外は、ず~っと同じ場所に住んでおります。

生家もほぼ同じ場所で、現在の自宅は海と僕の自宅の間に
他の方の家が3件ございますが
生まれ育った家は…よ~く考えると自宅裏から海岸までの間に
民家は無かった記憶がございます…

それだけ、子供の頃からず~っと海のそばに住んでおりますが
自宅の窓から海岸が見える事はございません。

なぜなら、自宅裏から海岸までの間が坂になっていて
まず松林がございます。
そしで、堤防があるからです。

こういう環境で育ったので
自宅裏に松林と堤防があって海がある…ものだとばかり思っておりました。

津波の映像を見てから(大人になってからですけど)
僕の地元の環境が普通の場所とは異なるのだなぁ…と気づいたのでした。

過去の画像フォルダをあさってみて
2014年10月の台風の時に撮影した堤防画像がありましたので
そちらをご紹介いたします。
イメージ 1
僕のウォーキングコースです。
高波で霧状になってしまっておりますが、ぼかす画像加工の手間が省けます。

堤防の最上段に立って撮影している訳ですが
この位置で海抜17メートルほどあります。
右に映っている小さい白い部分が海面です。
イメージ 2
立っている最上段から、更に1段下がって車も通れる道路がございまして
その坂から降りてようやく海岸となります。

画像からですが、僕の地元の堤防最上段が
どれだけ高い位置になるのかお判りになれば幸いです。

子供の頃から、この堤防を越えて海岸・テトラポットで遊んでいたのですが
普通はこの様な巨大な堤防が無いのですね…
ちなみに急深の海なので遊泳禁止で
子供ながらに海岸線には近づかなかったです。

僕の父親が子供の頃に、この堤防が建設されたそうです。

東海地震の事が知られるようになってから建設されたのか?
経緯は解りませんが、僕が生まれた時には堤防はありました。

5年前の3月11日。
津波被害にあわれた地域の映像を生で見ておりましたが
僕の自宅裏の堤防より低い防波堤しかない場所でした。

僕の地元に到達する津波予報時刻には
この堤防の上に立って、本当に巨大津波が到達するのか…?
見守っておりました。
イメージ 3
2011年3月11日16時9分の画像です。
津波は1メートル以下だったみたいですが
今後、どうしたら良いのか?海を見ながら色々と考えておりました。

話を戻しますが今朝の情報番組で
高い防波堤を作るという事で地元の方から
「海が見えなくなる」「景色が変わってしまう」という意見があったみたいですが
おそらく、僕の自宅裏の巨大堤防ができる前も
僕の親、祖父母も海岸の景色が変わっていく様を見続けていたのだと思います。

今から50年くらい前の話です。

僕は生まれてからず~っと堤防と共に過ごしました。
子供の頃に花火を打ち上げたり、凧揚げしたのも堤防の上です。

中・高校生の頃は西側にある友人の家まで
堤防を自転車で走って行き来しました。夜は明かりが無くて少し怖かったです。

大人になってからは、堤防の上をウォーキング・ランニングしたり
バイクに乗って走ったり
最近になって大きな公園もできました。
イメージ 4
東海地震が来ないまま50年が経過した僕の自宅裏の大きな堤防。
堤防の上から富士山は見えても(上画像)
海岸に立って富士山を見る事はできません。堤防が高すぎて。 

簡単な話では無いとは承知ではございますが
大きな堤防で景色が変わってしまっても
平和・安全に過ごせる事が一番だと思います。

津波被害に遭われてしまい
海岸線の風景が津波対策で変化している方々に
こんな大きな堤防のそばで生まれ育って生活している人間が居る事を
知ってもらいたいなぁ…と思った一日でした。
イメージ 5
巨大津波に本当に耐えられるのか?解りませんけど
心の中では頼りにしています。

いつもとは違う内容のブログ記事で失礼致しました。

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